なかなか始められなかったけど、エックスサーバーのお陰でスタートすることができました。感謝です。

今の時代には、必要不可欠なブログ。今までは無料のアプリで少し記事を書いてみたりした事はあるが、実際こんなにもオリジナルにカスタマイズできるツールを使ったのは初めてで正直ブログ書けて嬉しいです。

どうしても自分のことを表現できるツールがひとつ欲しかった。

今の時代は、自分をきれいに表現できない人が苦しんでしまう。とても正直といえば正直だが、素直になれない人は苦しんでしまう世の中だ。

僕も正直長年自分を偽って生きてきました。

自分にとって生きる事は何かわからない。そんな時間も過ごしたこともあります。

自分は誰かに教えてもらったり、人の言うことに同調したりすることに慣れ過ぎていました。

でもその付き合いを優先している限りは自分を偽る時間、抑える時間を増やすばかりで、自分で表現したいこと、進んで学びたいこと、自主性や主体性を奪う人達ばかりです。

多分その人達もそのような黒歴史の中で生きてきた、育ってきたのだと思います。

例えば、親や兄弟、友人、上司、同僚、彼女や近所の付き合いなど、過ごす時間は多いけれど、お互いに束縛しあったり、干渉しあったりしているように感じます。

それは自分がそのような心を持っているのかもしれないひとつの表れかもしれないですが、もうそのようなエネルギー消耗思考はいち早く捨てるべきだと思っています。

何故お互いに認め合い、励まし合い、許し合い、気兼ねなく話し合うことができないの分からない。

その原因は確かに自分にもあるのだと思うが、そもそも自分が嫌いな環境にいる場合は、相手を寛容に受け入れる余裕が作れない場合もある。

自分は本当に価値がないと思い込んでしまう事態になってしまうのだ。

と言うよりもそのように仕掛けてくる人がいる。

劣等感をぶつけてくる人もいますね。

もし自分の中に同じように感じることがあるのなら、その感情に蓋をしない方がいい。

溢れるなら溢れるままに吐き出す。

それが、一番のリリースであり体験である。

だが、それすらも抑え込んでしまう人がいる。

いつかは、吐き出すしかない。

そうしないといつまでも残っている。

吐き出し具合によるが、外に出すべきである。

そして、その火種を自分の中のどの部分か確認することが重要である。

自分の中のこの火種が今も残っているんだなとか、本当に自分が望んでいるのは、こう言うことなんだなとか、本当に悲しいけど、そんな簡単なことが分からないまま生きてきてしまっている人がたくさんいると思う。僕もその一人だと思う。

特に優しい人に起こりやすい。

自分の気持ちを人に合わせてしまったり、同調してしまったり、そんなことを優先しているうちにいつの間にか自分が分からなくなってしまう。

本当に元も子もないと思う。

自分を優先させれば、人から批判を受ける。人から批判を避けていれば、自分の個性が開けない。だから今の世の中は、自分の殻に閉じこもる人が多い。ネットの世界で人と関わらなくていいやと思っても、結局つながっている。

発信や書き込みしたらすぐに分かってしまう。

その人がどんな人か、どんな状態かなど。

ただ面と向かって言われないだけ少しは痛みが少ないかもしれない。

だから結局は、自分のことを話すしかないのだ。

いずれ誰しもオープンに奮わなければいけなくなってくる。

フルオープンの時代だ。

僕はまだその勇気はない。

もう少しこの豆腐メンタルをどうにかしたい。

自分の宿敵は母だ。

そして自分の最愛も母だ。(今のところ身内では)

その思いが余計なのかもしれない。

思いが重いのだ。

コントロールも激しいのだ。近ければ近いほど、自分に関係があるから、抵抗や言葉もストレートになる。

自分を守るためにまた反撃してしまう。

近いほど相手の弱点を知っているから、そこを狙って言ってしまうのだ。そんなことが、夫婦や友人、親子兄弟で行われている人もいるのだ。

全く消耗の人生だ。

だがそのやりとりが必ず自分を作っていることも知って欲しい。

何もせず寝ているのなら、そのようにアクションを起こしてみるのもひとつだが、このようにブログに書き綴ってみつのもいいかもしれない。

いろんなことが整理される。

本当に生きにくい世の中になってきた。

だが、そのおかげでこれ以上無駄に消耗しないように発破をかけてくれているのかもしれない。

おかげで自分というものが、どんな人間か少し見えてきました。

若くして亡くなる人や、病気や事故で亡くなる人、最近は自殺する人も多くなってきました。

もちろん高齢になって亡くなる人など様々です。

というのも多分自分が望んでいる現実と、今の現実が違い過ぎて自己否定の渦に入り、認めれない状況になると周りの人も認めれなくなる。

そういう人が、周りも認めずコミュニケーション問題に陥るのだと思う。まさに自分のようだとも思う。

悲しい現実だが、自分もそんなに立派ではない。

最近は友人が結婚して子供ができてくる。その子供も次第に大きくなってくる。そうなると自然と比べてしまう事もある。

一人でいることの世間との比較。

人の視線や意見や考えなど。

その人の思いは、自分を傷つけるし自分で自分自身を傷つける起爆剤になる事もある。

そんなことに気を臆さない人は強い。

人の繋がりを求めている人に限って傷つきやすい。

鈍感で自分のことに集中していれる人は幸せだと思います。

だがそういう人に限って苦労されているのかも知れませんね。

今は自分が挑戦したいことにむけて生きるしか方法がありませんね。

長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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